ドイツが降伏して間もない1945年6月。英国の首相チャーチルは下院を解散した。ご本人は国一致内閣を日本の敗北まで維持すべきだと考えていたようだ。が、最大野党の労働党だけでなく、与党の保守党内からも吹きつけた解散風に、抗しきれなかったらしい。
▼翌月の投票の結果は労働党の圧勝。保守党は下野した。これに先立ってチャーチルは米国と英国、ソ連の3首脳の会合を開こうと呼びかけていた。その結果が米国のトルーマン大統領、ソ連のスターリン共産党書記長とのポツダム会談だったのだけれど、発起人というべきチャーチルは会談の途中で交代を余儀なくされた。
▼それでも政治への情熱は衰えなかった。保守党党首として反共の訴えを強め、46年には訪問先の米国で歴史に残る演説をした。「バルトのシュ
チェチンからアドリアのトリエステまで、ヨーロッパ大陸を横切る鉄のカーテンが引かれた」。68年前のきょうのことだ。そして「鉄のカーテン」は冷戦を象徴する言葉となった。
▼新たな冷戦か――。ロシアがウクライナに軍事介入して以来、欧米メディアではこんな言葉が飛び交う。かつてのような資本主義と社会主義の対立があるわけではない。けれど、冷戦と共通する何かを感じるのだろう。優れた文筆家でノーベル文学賞も受賞したチャーチルなら、今の世界をどう形容するか。聞いてみたい。
チャーチルが話題になると、気になるようになりました◎
ところでそんなチャーチルの名前を学年につけた私たちですが、これには後日談が。
名前が選ばれてからしばらくしてから学校長宛てに届いた一通の手紙。
差出人は、第二次世界大戦中のメルセルケビール海戦でイギリス軍の攻撃のせいで親族を亡くしたというフランス人の男性。
ちなみにメルセルケビール海戦は、第二次世界大戦でのイギリス海軍とフランス海軍との間の海戦で、ドイツの侵攻によるフランス降伏後、フランス海軍の艦隊がナチスドイツの手に渡りイギリスのシーレーンを脅かすことを危惧したイギリスが、フランス艦隊を撃沈したというもの。
そして、これを指揮したのがチャーチル。
日本ではこの戦いについて勉強した記憶がないんだけど(多分)、ヨーロッパでは有名な戦いらしく、英仏関係における悲劇であり、イギリスにおける汚点とも言われているよう。
そういわけで、この男性は、撃沈されたフランス海軍の艦隊にご親族がいらした方で、どうしてそんなフランスの歴史上悲劇的な出来事を引き起こした張本人をENAの学年の名前として選んだのか、と抗議のお手紙を書かれたわけです。
学校としては、これは生徒が民主主義的に選んだ名前なので変えることはできないけれど、この出来事は歴史上の悲劇であることは認めており、彼の心痛を察し、このような関係者の気持ちについて学校全体で共有する旨のディプロマティックなお返事で回答。
こんな後日談もあるとは、思っていなかったからびっくりしたけど、勉強になった。
チャーチルには、熱狂的なファンもいると同時に、やはり戦時の指導者だったということ、彼の帝国主義的な政策ゆえ、拒否的な反応を示す人もたくさん。
学内でも、ラテンアメリカ系の学生は、帝国主義者だった彼を選んだことに今でも反発しているし・・・
ヨーロッパに身を置いてみて感じることは、やはり大きい。
***
そんなチャーチル、たくさんの名言を残していることでも有名。
最近面白いと思ったものは、これ。
"En Angleterre, tout est permis, sauf ce qui est interdit. En Allemagne, tout est interdit, sauf ce qui est permis. En Francem tout est permis, même ce qui est interdit. En U.R.S.S., tout est interdit, même ce qui est permis."
(In England, everything is permitted except what is forbidden. In Germany, everything is forbidden except what is permitted. In France, everything is allowed, even what is prohibited. In the USSR, everything is prohibited, even what is permitted.)
"En Angleterre, tout est permis, sauf ce qui est interdit. En Allemagne, tout est interdit, sauf ce qui est permis. En Francem tout est permis, même ce qui est interdit. En U.R.S.S., tout est interdit, même ce qui est permis."
(In England, everything is permitted except what is forbidden. In Germany, everything is forbidden except what is permitted. In France, everything is allowed, even what is prohibited. In the USSR, everything is prohibited, even what is permitted.)

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